死人から造られた美女

2011.03.31

理想の美女といえば、こんな不気味な話もある。時は平安初期。紀長谷雄という高名な学者がいた。長谷雄は、菅原道真(死後、北野天神と崇められた)の詩友であったが、ある夕暮れ、見知らぬ男が訪ねてきて、双六の勝負を挑んできた。男は双六の賭け物として、「あなたの理想とする容姿と性格をもつ美女を差し上げる」と言う。長谷雄は男との勝負に勝ち、後日、約束通り、男は“光るが如くなる女”を連れてやって来た。ただし。「今宵から百日経ってから打ち解けてください。もし百日以内に犯したら、きっと不本意なことになりましょう」と言う。長谷雄は承知して、翌朝、女を見ると、目もくらむような美しさ。性格も魅力的で、片時も離れることができなくなってしまう。そのうち八十日が過ぎて、長谷雄は我慢しきれずに女を抱いた。すると一瞬にして女は水になって流れ失せてしまった。その後、長谷雄は、例の男に「あなたは信義のない人だ。憎く思いますぞ」と襲われそうになったので、北野天神に助けを求めると、天から怒声がして、男は消え失せた。男は朱雀門に住む鬼で、連れてきた美女は、もろもろの死人の良いところを寄せ集め、人の形に造ったものだった。百日過ぎれば本当の人間になって、魂がしっかり入ったのに、約束を破って犯したため、溶けてしまったのだという。これは『長谷雄草紙』の話だが、似たような話は『撰集抄』にもあって、どちらも中世になってから書かれた話。こちらは歌人の西行が、鬼を真似て、寂しさを紛らわすために骨を集めて人を作ったものの、顔色も悪く心もなく、声は吹き損じの笛のようにひゅうひゅうと鳴るだけだったという奇怪な話だ。小野小町が零落して醜い老婆になったとか、美しい姫が男への執着のあまり大蛇になったとか、女の地位が低下した中世には、美女恐怖症ともいうべき心情を反映した説話が多々作られる。鬼が死人から理想の美女を作るというのも、王朝の美貌至上主義に水を差すような中世らしい説話で、鬼と美女には相通じるものがあるといえばもっともらしいが、女の発言権を奪った男の罪悪感と、だからこその女への恐怖感が生んだ話にすぎないとは思う。思うものの、抱けば消えるというこの話には、なにか美女の本質に迫るような、男が美女に抱く幻想の強さのようなものが垣間見えて、女としては興味が尽きないのである。
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